2016年12月13日火曜日

イロイロでの活動・生活が開始

マニラから2時間ほど行ったカビテというところでの3週間の語学訓練が終了し、
初めてのボランティア総会に参加してきました。

先輩方のお話は今後の活動で自分も直面するであろう問題や解決の糸口が詰まった良いお話ばかりでした。



そしてイロイロに赴任して、2週間が経ちました。
(ただいま停電の中ブログ更新です。。。)


11月末というのに赴任日当日に台風が直撃し、台風の中同僚と共に住居探しです。


ちなみにフィリピンでは8月~12月にかけて台風が上陸するそうで、台風はフィリピン近海で発生し、翌日には上陸するので、

普段から台風に対する準備が必要です。フィリピンにおける災害の大部分は洪水、土砂崩れなど台風に起因するものが多く、

現在この国では台風対策が求められています。同じフィリピンに入っている協力隊にも災害対策という職種で台風対策に取り組んでいる隊員がいます。



さて、住居探しですが、洪水が道路を覆う中、数件周り自分にぴったりの物件を見つけることができました。


気に入った点は、

①近くにスーパーがあり、オフィスまでジプニーの乗り換え無しに1回の乗車20分で着く立地の良さ、

②冷蔵庫、ベッド、机椅子などの家具が備えつけで1年しか住まない自分にとって家具が付いているのは本当に有り難い!

③夜間にエントランスにセキュリティの方がいてくれるとのことで安心


という点で満足し、赴任日から早速入居することにしました。



活動の方は、イロイロ市役所の障害者支援事務所に配属され、

障害者の方の生計向上を目指し、製品づくりや販路拡大に貢献するという活動内容で、

現在はさまざまな障害を持つ方のお話しを伺ったり、活動の様子を見学しています。



そしてこの間、配属先のオフィスで手話の勉強会がありました。

というのも、私のオフィスには障害を持った方が数人働いており、難聴で言葉を話せない方が2人います。

また活動上そういった障害を持った方とコミュニケーションをとることから定期的に職場で勉強会をしているそうです。

2日間の勉強会では基礎的な内容で同僚たちと手話で会話をしてみたりと楽しく勉強でき、簡単な会話、コミュニケーションはできるようになりました。



さて、12月に入り、いよいよクリスマスシーズンの到来です。


といってもフィリピンでは9月から徐々にクリスマスモードになっていくそうで、

私がマニラに来た10月からすでに街のいたるところでクリスマスイルミネーションやクリスマスギフトを見かけました。


フィリピンの方は本当に祝い事やお祭りが好きなのですが、中でもクリスマスは特別な思い入れがあるようで、1年の中でも12月が忙しく盛り上がるそうです。


私の職場では4回ほどクリスマスパーティが予定されており、趣向を凝らしたイベントが企画されているそうです。

驚くべきは仕事そっちのけでクリスマスパーティの準備をしたり、ダンスの練習します。

クリスマスパーティに専念するからなのか、12月に入り職場で放置されることが多くなり、このまま12月が終わりそうな気配がしてきました。


日本のクリスマスシーズンといえば、当たり前のように寒い訳で、

フィリピンも冬は冬ですが、連日30度を超える夏のような天気で半袖で迎えるクリスマスは初めてで、まだ違和感しかありません。

初めて異国の地で迎えるクリスマス、年末年始。

楽しみたいと思います!

2016年11月22日火曜日

任地(イロイロ)ホームステイ~4days~


先日、任地であるイロイロにホームステイという形で行ってきました。


目的は、


1.本赴任前に自身の職場や関係部署への挨拶、

2.赴任中に住まう住居を探し、

3.ホストファミリーとの生活を通して現地生活を体験すること、

の3点です。


私の活動先はイロイロ市で障害者支援を行っている市役所の部署で、
一緒に働くことになる同僚たちのほとんどが何かしらの障害がある方々です。


訪問した初日に歓迎会を開いてくれました。



皆さん、優しい方で現地語や手話を教えてくれました。
※同僚の中に聴覚障害で手話で話す方が2名います。


挨拶周りですが、
市役所、障害者が商品作りをしている職場などを訪問し、
市役所では、市長にお会いすることができました。



イロイロ市長、なんでも世界で最も優れたな市長2014 第5位にランキングした市長ということで、
とても偉大で地元でも人気だそうです。



4日間の間、ホームステイをさせていただいたお宅とホストファミリーです。



ホストファミリーの方々があまり英語を話せないこともあり、コミュニケーションに苦労しましたが、
親切で、やさしく接してくれ、もてなしていただきました。


フィリピンのローカルの人たちの生活を見ると、マニラの人たちとは違って
屋外で炭を使って調理をしていたり、複数の部屋をひとつの電球を使いまわしていたりと、
先進国の生活と比べると不便に感じることも多く、
やはりフィリピンが途上国だということを再認識させられました。


そして住居探しですが、
フィリピンには、一人暮らしという文化がないのか、一人暮らし用の住居というものがほとんどなく
限られた物件しか見れませんでしたが、職場近くでいい物件があり、そこに住むことにしました。

セキュリティ的に課題があるので、引越し後に大家さんに相談して、チェーンロックや窓に鉄格子を
つけてもらおうかと思います。
日本では、そこまでセキュリティについて意識することがありませんでしたが、
フィリピンでは日本の10倍以上の強盗犯罪があるとのことで、防犯についてはJICAからも口すっぱく言われます。


本赴任はいよいよ今週末!!


いよいよフィリピンでのローカル生活が始まります。


とりあえず現地に友達100人作ります!

2016年10月17日月曜日

フィリピン上陸

(1カ月更新が途絶えていました。 ^_^; )

10月11日、いよいよマニラへの渡航日を迎えました。


訓練終了後の1カ月は、家族とゆっくり過ごしつつ、協力隊の先輩隊員の話を聞きに行ったり、


2年ほど会えなくなるということで友人たちが送別会を開いてくれたりと小忙しくしていました。


そんなこんなで出発です。
(成田発 フィリピン航空)


マニラまでは4時間の飛行時間で沖縄に行くくらいの感覚でした。


いざ、マニラに降り立ってみると





やはり暑いうえ、蒸し蒸しする亜熱帯特有の気候。特に今は雨期らしく。


JICAの業務調整員の方が空港まで迎えに来てくださり、


マニラ滞在中に生活をするドミトリーまで案内されました。


マニラの街並みは東京と見間違うほどの超高層ビルや高級ホテルがある一面、


車内からはスラムやストリートチルドレンが目に止まりました。


ドミトリーに到着。
ドミトリーはマニラの一等地(マカティ。日本でいう新宿・六本木のような場所にあります。)にあるので、治安は特にいいです。


治安のことで言うと、フィリピン全域で窃盗や強盗という犯罪は多いのが現状ですが、


マカティはフィリピンで1番のオフィス街で特に治安が良いと言われており、


街の至る所に銃を持った警官が立っています。





街を歩いてみると、まず気づいたのは、車の交通量の多さに加え、運転の荒さ。。


至る所からクラクションが鳴り響いています。


地元の方の多くが利用する乗り物がジプニー。




乗り合いのバスのようなもので、路線も決まっていて、


一人7ペソ(日本円で20円弱)と安価で乗車できます。


まだいまいち乗り方・降り方のルールがわかっていないので、後日報告します。


また多くの車が悪いガソリンを使っているせいか、黒い煙を吐き出し走っています。


そのせいで、現地の人もマスクをしたり、口を手で覆って歩いています。


自分も20、30分街中を歩いただけで喉をやられてしまいました。



前述したように、マニラ(マカティ)の街並みは東京を思わせるような近代的な街並みで


誰もこの景色を見るとこの国が途上国だと思いません。




まだ地方を見てはいませんが、


都市と地方で貧富の格差は大きく生活水準が違っていると感じました。



早く地方で生活をしてみたいと思った渡航4日目の夜でした。


なお、フィリピンはネット環境が良くなく画像をひとつあげるのにも、数分かかるという異常さ。


日本の常識で考えてしまうが故、不便に感じてしまう。。。


2016年9月17日土曜日

修了式 ~派遣前訓練を終え~

訓練70日目、いよいよこの日を迎えました。修了式。






訓練当初はしんどく長い道のりで、早く終えたいと思っていた訓練でしたが、



いざ終わってみるともっとこの二本松訓練所にいたいと思うほど、



充実した生活、素敵な出会いが多かったです。



寝食を共にした生活班のメンバー。
苦しい時も楽しい時も共に過ごしてきた仲間たち、班長として慕ってくれたみんなに感謝です。
学生時代に戻ったかのように、毎日笑っていることができました。



語学力向上に共に励んだ語学クラス。
日本語でほとんど話すことがなかったので、お互いの苗字は覚えれませんでした。
ワークショップの準備はとても大変でしたが、クラスの人たちに負けじと頑張れました。



同じ国に派遣されるフィリピンメンバー。
任国研究で一緒にフィリピンについて研究したり、一緒に受けた講義。
訓練後も現地で共に頑張る仲間になるでしょう。



自由時間に、息抜きのためテニスやバレー、フットサルを共にプレーした人。
月曜~土曜までぎっしり詰まった授業、講義を過ごす中で、一緒に汗をかき、
ストレスを発散することができました。



これらの他にも充実した時間、素敵な出会いは数え切れないくらいありました。
さまざまな場所から、多種多様な職種、世代の人たちが集まり濃密な時間を過ごす
この70日間の生活は、自身の今後の人生でもないと思うくらい不思議な空間・時間でした。



今後の人生でも関わっていきたいと思うほど、魅力的な人たちが多く、



充実した時間を過ごすことができましたし、別れは寂しいものがありました。



さて、修了式はというと、



無事最終試験をパスした全員でそれぞれ修了証書を所長から受け取り、
決意を胸に終えることができました。
あたり前かもしれないですが、「全員無事で帰ってくること。」この所長の言葉が
印象的でした。


さて、訓練所で出会ったほとんどの人とはここで別れることになりますが、


ここからが本当のスタート!



現地に行って、短い期間の中で、現地の人たちのために自分に何ができるのか。


現地の人たちと同じ生活をし、同じ目線にたって真剣に考え、一つでも多く改善できるよう


挑戦してきたいと思います。




渡航までもう少し時間があるので、自身の活動内容の知識を深め、


語学力を少しでも伸ばせるよう準備しなくては・・・




訓練所での生活が体にしみついているので、


明日も6時半~ランニングに行ってまいります。

2016年8月31日水曜日

被災地訪問

東日本大震災から5年と半年が過ぎました。



今回、訓練で福島に来たということで、かねてから訪問したかった



被災地の方に他候補生と共に行ってきました。



今回、訪れたのは福島県の中でも特に被害の甚大だった、
南相馬市、浪江町に行ってきました。



いずれの町も津波の被害だけでなく、原子力発電所爆発で



放射線の影響が色濃く残った場所でした。



また浪江町にいたっては、今年の7月まで入場が規制されていたことから、



復興が進まず、5年経った今も震災で被害を受けた建物などが多く見られました。



↑海岸線に作られた防潮堤 @南相馬



↑大量に残された汚染土が積まれたフレコンバック @南相馬



↑原発20キロ圏内から運び出せない、フレコンバックや瓦礫 @浪江町



↑津波で家が流され、基礎だけが残ったお宅  @浪江町



↑津波で被害を受けた小学校 その1 @浪江町
(生徒、教師は全員無事だったそう)


↑津波で被害を受けた小学校 その2 @浪江町



今回、被災地訪問で感じたことは、改めて被害の甚大さを痛感したことで、


津波の影響があったエリアはすべてを消し去り広大な草原のようになり、


5年たった今も復興に向け作業する方や帰りたくても帰れない住民の方がいることを知りました。



また放射線がより作業を困難にし、住民の方にも重くのしかかっている現状があることを知り、



復興を遅らせているのだと教わりました。中には震災直後のままという場所がありました。




今、自分にできることは、今回の訪問で見て聞いた福島の現状を



こうしてブログで紹介したり、海外に行った際に伝えることが役目だと思っています。



復興はまだまだ道半ばだと思います。



今回の経験を今後の活動にどう活かせるかはわかりませんが、



同じ日本に住む者として、知れたことは良かったし、いい経験になったと思う。







2016年8月23日火曜日

野外訓練

JICAの派遣前訓練の中でも過酷と言われているのが、




「野外訓練」で世間はお盆休み?の中、実施してきました!




場所は訓練所のグランドで実施し、




必要最低限の資源(水・食料など)とテントでの生活(シャワー無し)という状況で2日間





生活を送ることで、任国での不自由な生活を疑似体験するとともに、




ストレスが溜まった状態で初めて話す候補生とグループになり、




オリエンテーションを通じたチームビルディングの訓練をするのが目的でした。




早朝からテントを張り、遠く離れた水汲み場まで、グループ分の水を運んだり、




薪を割って燃やしたり、少ない食料から2日分の食事の配分を考え、




満腹感を満たすための工夫を凝らしたりと




まるでサバイバルをしているかのような内容でした。




▼こちらがグランド風景






また、真夏の日差しの中での訓練には、体力的にもきつく、



特に女性の候補生は辛そうでした。




2日目はゲリラ豪雨があったり、カンカン照りに晴れたりと交互に変わる悪天候の中、



オリエンテーションで知らない土地を知らない他の候補生と



地図とコンパスを頼りに約10キロほどを歩き、ゴールを目指しました。




ほんとに疲れましたね。




しかし、終わった時の充実感や達成感は得ることができました。




それ以上に、




これまでのように当たり前のように水を飲めなかったり、空腹を感じる中活動をしたり、




シャワーに入れなかったり、悪天候の中ストレスが溜まった状態で活動したりと、




今までの生活では、感じることができなかった感情や任国を想定し体験をすることで




貴重な経験を積むことができました。




本当に、日本はあたり前の水準が高い!




この水準を世界の水準にしたいと、再認識!




訓練も残り3週間、毎日が充実していて過ぎ去るのはあっという間ですが、




少しでも成長できるように、頑張っていきます!








2016年8月12日金曜日

中間試験終了!



既に前述しましたが、


訓練所での生活では、ほとんどの時間が語学研修に費やされています。



1日3時間~5時間が語学研修の時間で、この70日の訓練で


中学で勉強する英語の授業の2年間分に相当する時間を語学研修に費やすそうなので、



すごい知識が詰め込まれていっています。




そして、訓練期間も半ばに差し掛かったところで迎えた中間試験。



内容はそれほど難しいものではなく、レベルチェックという印象。



ただこのテストで悪い成績だと週末の外出が禁止になる人もいるとか・・



私はというと、問題なく合格点で、訓練前より語学は上達している気がしましたが、



トップの人と比べるとまだまだ未熟だと痛感。。。



残り半分の訓練でどこまで成長できるかが、今後の活動にも影響してきそう。



また先週、OBの方々が訪問されて、同じ派遣国の先輩方からお話を聞く機会がありました。



現地での生活、感染症の実態、気をつけるべき点などネットで調べるだけでは知りえない、



リアルな情報を入手できました。



また英語が通じないケースが結構あるというので、基本的な現地語は使えるようにならないと



生活に困るとのことでした。



フィリピンには一番多く使われるタガログ語をはじめ、80を超える言語があるので、



全部を覚えることは難しいかもしれませんが、



タガログ語と派遣先の言語は基本的な会話ができるようにはなっていきたいですね。





ようやく福島の天気も夏らしい天気に。
(相変わらず夜は寒いくらいですが。)



睡眠時間や訓練の疲れから、体調を崩す人も出てきたので、
派遣されてからもそうですが、体調管理だけは徹底していかなかれば。







最後に、先週末に近くの安達太良山に登った時の写真を。





片道4時間の道のりでしたが、天気もよくいいリフレッシュになりました。




今まで福島には来たことはありませんでしたが、



自然に囲まれて、夜は星もキレイに見れ、今まで都会で暮らしてきた自分にとっては、




新鮮な環境で、居心地がいい場所です。



2016年7月25日月曜日

語学クラス




早くも訓練が3週目に突入して、
二本松訓練所(NTC)での生活も慣れてきました。



正直なところ、睡眠時間以外は快適かつ充実しています。



5時半に起床して、6時半からのラジオ体操、ランニングに始まり、
自習や任国研究などを含めると21時まで予定がぎっしり詰まった生活です。
21時以降も課題やプレゼン(ワークショップ)の準備と寝る間を惜しむ日もしばしば。


訓練内容の大半は語学研修で構成されています。



私の派遣先フィリピンは英語圏ということで、
語学研修では英語を勉強しています。




他の候補生を見てみると、ここ二本松では、
ベトナム語、タイ語、ラオス語、インドネシア語、ポルトガル語、アラビア語、スワヒリ語など
普段日本で生活をしていたら、馴染のない言語を勉強している候補生が大半です。




その分英語圏に派遣される私は他言語を学ぶ候補生に比べると
幾分、英語はこれまで使ったことのある言語なので、余裕かと言われますと
残念ながらそうではありません。



他言語の候補生より語学レベルは高いということで、
プレゼンテーションやワークショップでのファシリテーターなど、より実践的な研修で、
任国でスムーズな活動ができるようなプログラムが組まれています。



もちろん授業中は英語しか話せませんので、
現地での活動に近い環境で授業はすすめられます。



教室のある研修棟では、各自勉強している言語しか話せないルールもある徹底ぶりです。







ただ他言語のクラスでは、まだまだ基礎的なレベルなので、よく日本語が飛び交っているのが聞こえます。




ちなみに語学クラスの先生は日本人の方はいません。
日本語がわからない先生も何人かいます。



語学のスキルアップできる環境は揃っているので、
後は自身のやる気次第といったところでしょうか。



訓練が終わるまでに、更なるレベルアップをしていきます!


2016年7月9日土曜日

入所式

入所2日目。


今日は入所式が執り行われました。




社会人になってこのような厳かな式典に参加できたこと、


訓練生みんなで国歌を歌ったことは自身にとっても感慨深かったです。







OB・OGの方は


この訓練生の中から一生仲良くなる友人・仲間が必ず見つかると言います。


まだ2日間だけですが、なんとなく言っている意味がわかるような気がしました。




同じ世代で海外ボランティアに参加したいという似た思考の方150名以上が


山中の訓練所に集まり2ヶ月半の過酷な訓練をともに過ごすことで


家族のような存在にもなりますし、信頼関係を築いていくのだと思いました。





ちなみに、ここでの生活では生活班と呼ばれるグループ活動があります。


これは訓練所での集団生活の中で、秩序を守ったり、相互に助け合ったり、


また集団の中でも自発的に行動することで、派遣されてからの厳しい環境の中で、


活動を推進する原点にもなる活動で、課業と呼ばれる授業以外はこの生活班単位での行動が


主となります。



自分はそのグループ班の班長を任せていただくことになりましたので、


責任感を持って班を取りまとめていきたいと思います。







まだ2日間しか終わっていませんが、明日1日頑張れば、二本松で過ごす初めての休暇となります。

二本松周辺の情報も機会があれば、発信していきます!





P.S


二本松訓練所の各個人の部屋にこのようなものが置いてあります。






自分も生まれて初めて見ましたが、熊鈴です。



そう、

二本松の山中では熊が出るらしく、外出の際は一人一つ携帯しないといけないらしいです。



ただこんな鈴で熊に勝てるのかは、甚だ疑問ですが、まぁ会わないことを祈るばかりです。



2016年7月7日木曜日

福島県二本松上陸 



JICA 青年海外協力隊 28年度2次隊として、

2016年10月にフィリピン赴任を目指すべく、JICA訓練所があるということで、

やってきました、福島県は二本松!!初上陸!








23年間を大阪、5年間を東京で過ごした僕には、

少しばかりのどかな所な訳で。。。

(今のところ訓練所の部屋からは過去最高レベルでカエルの鳴き声が聞こえます。笑)



駅では大勢の町の方々に温かく出迎えていただいたのも束の間、

バスに乗り込み訓練所へ向かいます。



毎回JICA訓練生を乗せているのもあってか、この手馴れたキャリーバックの積まれ方!

これから海外に行くと車の上に乗せたりもするので、

まだまだ日本の常識では考えられない光景や扱いはあるのだろうなと。。。






さて、バスに揺られること30分弱。

二本松訓練所(NTC Nihonmatsu Training Center)に到着しました。




隊員候補生の皆さんも大荷物の上、山奥の施設のため上り坂や階段に苦しめられました。

私のキャリーバックも総重量30キロほどあり、施設内の一番奥に位置する宿泊棟まで

階段の上り下りに苦しめられました。




荷解きもほどほどに講堂に集められ、オリエンテーションが始まり、各種説明を受けます。

初日なので、全体概要や施設利用の注意事項がメインでした。




さて、28年 2次隊では青年海外協力隊、シニアボランティア合わせて163名が

ここ二本松に集められ、今日から70日間の訓練(SVは35日間)が予定されています。




語学研修が厳しく稀に、この訓練で派遣されずに終わる候補生もいるとのことなので、

身を引き締めて明日からの訓練に望んでいくことにします。



ちなみに、夕食は七夕ということもあり、

七夕ゼリー付きでした。なかなかご飯も美味しいし、

不定期で各国の郷土料理的なものが出されるのも楽しみですね。





2日目の明日は入所式(←初日にするもんじゃない?)と英語のクラス分けテストです。



がんばってきます!